膨大なピカソの作品群の中で、僕が最も好きなのが「青の時代」と、
この「ピカソ・クラシック」こと「古典主義の時代」である。
「青の時代」はその名のとおり、青色が素晴らしい。この時代のピカソの青は指で
弾くと「キーン」という音がしそうなくらい硬質な感じがするのと同時に、青という寒
色系の色なのに温かみを感じる。絵の具の持つ無機的な素材感を最大限に発揮
する一方、絵画という有機的な精神性の「ある種の極み」をぎりぎりまでに融合さ
せた結果が僕だけでなく多くの人々を惹きつける「青の時代」なのだ。
「ピカソ・クラシック」にもそんな魅力的な青が登場する。
当時の妻ロシア貴族の娘オルガ・コクローヴァを描いた「想いに沈むオルガ」など
はその好例であろう。「僕は上流階級と付き合うようになった」というピカソの言葉
どおり、日常生活はかつてのボヘミアンな生活から華やかな上流階級での社交的
な生活へと一変した。
パリの高級アパートに居を構え、そこを訪ねるジャン・コクトーやエリック・サティ等
の一流の芸術家や画商、貴族たち…。初めての子供にも恵まれ、ピカソは家庭を
持った喜びと、富や名声に包まれ幸福と栄光の絶頂にあったはずだ。
しかし、作品の画面からはなぜか暗鬱としたメランコリックな雰囲気が漂う。
「僕の居場所はここではない…」そんなピカソの心の叫びが伝わってくるようだ。
この時代、ピカソは古典写実的作品の創作を続けると同時に、小さなキュビスム
の作品も残している。家庭も仕事も充実した余裕からできる技ともとれるかもしれ
ないが、僕にはどうしても虚飾に包まれた今の生活に満足できず、新たな方向を
模索している姿に見てとれる。
このように、「ピカソ・クラシック」だった1914年から1925年までの約10年間は、
最もピカソらしくないといえばピカソらしくない時代だったのかもしれない。
「ピカソ・クラシック」は、創造と破壊を繰り返すマッチョなピカソではなかったのだ。
しかし、人間として、芸術家としての欲望をすべて満たしたかのように思われた
この時期、ピカソは自らが感じた「妙な居心地の悪さ」さえ、一つの時代として完成
させてしまう…。
これもピカソの魅力だ。