多くの芸術家の人生は、結構トラブル続きだ。
決闘試合で相手を殺害して逃亡の果てに死んだカラバッジョや、
パトロンである教皇ユリウス2世との確執が終生続いたミケランジェロ、
また、ピカソはその過激な性欲ゆえに結婚・離婚を繰り返し、
その度に精神的ストレスが絶えなかったように窺える。
平穏な生涯を送ったかのように見えるフェルメールにしても詳しいことは
謎のままだが、マスオさん状態であった彼も義母との関係に気を使ったり、
子沢山の家計のやり繰りにきっと頭を悩ませていたに違いない。
そしてこの映画の主人公レンブラントも最愛の妻の死後は、
寂しさのあまりつい手を出してしまったメイドに結婚不履行で訴えられたり、
辛辣な発言やプライドの高さがゆえ嫌われて注文を減らし、
借金と貧困のなかで生涯を終える。
考えてみると、レンブラントだけでなく自らの芸術に悩み苦しみ死んだ芸術家より、
家族関係や恋愛、借金など苦しみを抱えて死んでいった芸術家の方が絶対に
多かったのではないだろうか。
いくら偉大な芸術家にしても悩みは凡人と大して変わりはなかったと思う。
レンブラント役を演じたオーストリアの俳優クラウス・マリア・ブランダウアーは、
その容貌が本人のにそっくりな上、気性の激しい性格をうまく取り込んで役作りを
している。
また、アトリエでの制作シーンも有名な「トゥルプ博士の解剖学講義」や「夜警」など
実際の作品と映画の中でのモデルをうまく組み合わせてリアルに再現していた。
画家のアトリエ風景や製作過程などの細かいディティールへのこだわりが
観ていて心地よかったのは、監督自身が画家でもあったせいかもしれない。
レンブラントやフェルメールが生きた17世紀は、まさしくオランダの黄金時代。
彼らの死後、オランダは世界史の表舞台から静かに退き、豊かで静かな余生を
現在でも送っているようだ。
人間だったら働き盛り、経済的にも文化的にも国力が最も充実していた時期に、
この二人の偉大な画家を生み出したのは正に象徴的だ。
オランダには一度しか訪れたことがないが、他のヨーロッパ諸国に比べると、
「枯れた余裕」みたいなものを感じた。この余裕はどこから来るのか…。
「夜警」、「デルフト眺望」など、短い時代にこれだけの「世界的至宝」を生み出した
自信が国をおおらかに包み込んでいるかのようだ。
僕たちの国は、決してオランダには負けない素晴らしい歴史と文化を築いてきた
にも関わらず、「枯れた余裕」に至るには程遠い…。
果たして21世紀の日本は、偉大な業績を成し遂げた賢人の豊かな老後のように、
穏やかな歴史をこれから歩むことができるだろうか…。