今も有元利夫の作品は、書籍や雑誌、カレンダーなど様々な印刷物で目にする。
最初に見たのはやはり「安井賞」で大賞を獲った作品であったと思う。
その直後、画家の死を知った。僕が大学生の頃だ。
藝大卒業制作1973年から死の前年の絶筆1984年まで、わずか10年ちょっとの
活動期間であるが、有元の仕事は大きく3つの時期に分かれるような気がする。
藝大卒業の73年から様々な試行錯誤を試みて「有元ワールド」を完成させる78年
くらいまでが第1期、そしてその努力の積み重ねが一気に開花した「安井賞」受賞
を挟んだ79年から81年が第2期、よく見る代表作がこの時期に集中する。
そして若くして頂点に立ったことによるプレッシャーか、その後急速に画面から
「迷い」が感じはじめられる。色彩、フォルムともに81年以降は精彩を欠く。
82年から84年が第3期だ。
「上昇」「絶頂」「下降」どんな画家も生涯においてこれらの時期がある。
要は「絶頂」をどれだけ長く維持するか…またはピカソのように「絶頂」を何度か
繰り返し持ってくるかである…。
実際、晩年はものすごく悩んでいて「そこ」から抜け出そうと必死にもがく姿が画家
の日記からも窺える。
この20年日本の洋画家に有元利夫が与えた影響は本当に大きいと思う。
具象絵画の閉塞した雰囲気に風穴を開け、次の時代の画家の仕事をずいぶんと
やりやすくしたのだ。そして風穴を開けた張本人が油絵出身ではなくデザイン出身
であったというところが興味深い。
しかし、どんな時代、どんな仕事でもこの風穴をあけるという作業には、ものすごい
修練と勇気が必要なのである。
有元利夫はそれを見事にやってのけた。