会社からの帰宅途中、上野の藝大の絵画棟が見える。
アトリエの北窓からは、煌々とした明かりが毎晩夜遅くまで灯っている。
「がんばってるな~」
「毎日が真剣勝負。さぞかし充実してるやろうなあ…」
「課題の締め切りで徹夜しても、なんか楽しいやろうなあ…」
「レベルの高い緊張感。あるんやろうなあ…」
「なんの束縛もなく無我夢中で描ける時期。青春やなあ…」
「僕もあそこで制作したかったなあ…」
「うらやましいなあ…」
「ええなあ…」
とか毎日通るたびに思う。
はるか昔、僕も一度だけあの建物の中で絵を描いたことがある。
その年は油画科の実技の一次試験がデッサンではなく、
油絵だったのだ。
課題のモチーフはマネキン人形。
もちろん結果は散々だったが、
いまだにマネキンと格闘したあの二日間のことは思い出す…。
受験に失敗して20年後、
まさかこんなに近くに住むとは思わなかったけど、
あの8階建ての建物は今でも僕の心の中に、
憧れと羨望と挫折の象徴として青白く輝きながらそびえ立っている。