松涛美術館は、渋谷の東急百貨店から少し入った静かな住宅街にある。
水が流れる音が心地よく、落ち着いた雰囲気でじっくり鑑賞できる。
石井柏亭という画家については、東京国立近代美術館で作品を1点見た
ことがあるだけで、ほとんど知らなかったが、偶然見かけたポスター
(家族麻雀をやっている風景の絵)を見て惹かれた。
これは絶対行きたいと思いつつも、最終日にやっと来ることができた。
全体的な印象は、「日本の良き時代の良き油画を満喫できた」に尽きる。
朝鮮人少女を描いた「厨」、防止の黒とコートの襟の茶色のバランス感が
見事な「外套を被たる女性」、セザンヌの「カード遊び」を連想させる「将棋」
やイタリア各地での水彩スケッチなど…
全体を通して独特の温かみと落ち着きを持った色彩で統一されている。
僕の場合、日本画を見るときに注目する色が藍や群青など「青」である
のに対して、油画はバーントシエナやローアンバーといった「茶色」だ。
モディリアーニや小出楢重、有元利夫、みんな茶色使いの名手だ。
石井柏亭の戦前の作品を支配している色彩もやはり「茶色」である。
しかし戦後になると、きれいにまとめられているが、
あの戦前の茶色へのこだわりは、すっかり影をひそめてしまった。
非常にあっさりしてしまっている。
これは、作家自身の変化もあるだろうが、戦後、日本の色がどんどん
変わっていったことも原因してるのではないだろうか…。
戦後日本は、まるでそうすることが明るい社会になると信じたかのように、
蛍光灯でどこもかしこも照らしまくって無理やり影をなくしてしまった。
(影があってこそ光の美しさを感じるのに…)そして、現代の日本を代表
する色は、深夜のコンビに煌々と光る蛍光灯のしらけた「青白さ」だ。
ヨーロッパでは今でも白熱灯やろうそくの明かりを大切にしている。
飛行機から夜景を眺めたとき、東京や大阪は青白いのに、
ローマもロンドンもオレンジ色だった…。
白熱灯に照らされた茶色はきれいに発色するけど、
蛍光灯だと濁った色になる。茶と青は決してきれいに混ざらない…。
戦前、石井柏亭が追求した温かくてほっとする「茶色」は、彼が
モチーフとした家族や身の回りの人々と密接な関係があったように思う。
戦後は「茶色」を描きたくても、日本社会からどんどん「温かみのある光」
が排除されてしまい、仕方なく自然風景になったのではないだろうか…。