絵描きの記

絵描き 出口アキオの絵画制作と日々考えたこと、見たことの記録です。

「アンジェラの灰」 ~シネマ・カリテ1~

アラン・パーカー監督の最新作。

舞台は、大恐慌時代の1930年代から第二次大戦前後にかけてのアイルランド

南西の町、リムリック。

ニューーヨークから引き上げてきた主人公のフランク・マコートとその両親、

兄弟はこの町に移り住むことになる。

来る日も来る日もどしゃ降りの雨、排水や下水施設のない路地は、雨水と汚水で

溢れる…。たまにやんでいる時でも雲は低く垂れ込め、近くのシャノン川から吹く

冷たい風による湿気が町全体を包む…。トイレもなく、一階の室内にまで浸入

する汚物と汚水にまみれた極貧の生活。雨と湿気は抵抗力のない乳児や老人、

肺病患者の命を容赦なく奪い取ってゆく。

映画全体を支配しているこの雨と湿気が、ほとんどが色彩を抑えたセットと

相まって、この時代、この町に暮らす人々の過酷な生活をリアルに表現している。

フランクは家族に入れる収入を飲み代に使ってしまい、

ついにはイギリスへ出稼ぎに出たまま戻らなかった父を心の底では思いながらも、

残された弟や母のために学校を辞め、必死に働く。

やがて、彼が家族のために収入を得るため再びアメリカへ旅立つところで

映画は終わるが、原作ではこの後のフランクを描いた続編があるので、

いずれまた映画化されるかもしれない。

特に印象に残ったのは、幼年時代のフランクを演じたジョー・グリーンという少年。

15,000人のオーディションから監督が選んだ演技経験のまったくない子役らしい。

この作品で執拗なまで繰り返し表現されている劣悪な環境と絶望的な生活の中

でも、自らの人生を嘆くことも無く、気高く生きる少年…。

言い方が適切でないかもしれないが、「尊厳のある育ちの悪さ」みたいなものが

にじみ出ていて圧倒的な存在感があった。

10代のフランクを演じていた演技経験のある他の二人は、この少年に比べると

「こぎれい」なのだ。映画で子役の扱い方の丁寧さが良く現れている例だと思う。

ベストセラー作品の映画化は難しいと思うが、アラン・パーカー監督は、

ハリウッド映画とは違った「イギリス的な気配り」を映画の隅々まで利かしている。

そして演技派の俳優陣…。

特に母親アンジェラ役のエミリー・ワトソンが過酷な人生に翻弄されながらも時に

女性的な艶っぽい表情を見せ、また時には母親として毅然とした態度をとる

ところなど非常にキュートだった。やはりアメリカ人女優にはない魅力だと思う。

原作本はまだ読んでいないが、おそらく原作のイメージを綿密に検証し、

脚色されたと想像できる。

緻密な演出と丁寧な映像効果の作りこみ、達者な演技者たち、子役の健闘…

すべてがうまくかみ合った秀作だ。